鍛冶屋の剣と蔵の鍵  「お菓子の窓からのぞいたら」第40回

 今は亡き三國さんの仕事場の神棚に並ぶ、剣と蔵の鍵

よいお正月を迎えられたことと思います。すでに小正月(小年)が目前です。だいぶ前のこの時期に、渡辺邸のまい玉の写真が、いく度か本紙面に掲載されたことがありました。立派な小正月飾りで、そこにさがる、お多福のような「まい玉せんべい」が見るたびに気になっていました。

「まい玉」でなくて、「まゆ玉」では? と思われるかもしれません。まい玉と繭玉は違うのですが、「まゆ玉」と書くと「繭玉」と混同してしまうので、私は「まい玉」という発音を大事にしています。繭玉は、日本の中でも関東あたりだけでの言葉です。麦作が盛んな地域で繭の豊作を祈るものですが、小正月に、新米の米玉で稲穂がみのる姿につくるのが「まい玉」です。田植え歌を歌いながら枝に米玉を取り付けることを「田植え」、蓑傘つけて取り入れることを「稲刈り」といい、1年の稲作の仕事を模しています。「まえ玉」という地域もあり、「いご」「えご」の発音と同様、越後人的ともいえる微妙な発音が表われているようで、面白いです。

話を元にもどし、お多福のまい玉せんべいが気になった私は、ある年、思い切って渡辺邸にお電話してみると、ご当主が対応くださり、せんべいは鍛冶屋さんが焼いてくださっているとお教えくださいました。

それから、また数年経ち、やっと胎内市中条の三國鍛冶屋さんをお訪ねしたのが、2009年のことでした。長岡の実家から初めて訪ねていった中条の町を散策しながら、駅からだいぶ歩いたところにある三國さんの作業場をお訪ねしました。

まずは、お多福の金型を見せていただきました。三國さんは、主に刃物や鍬などの農具をつくる鍛冶屋さんで、煎餅型は自分のところでつくったものではなく、いつからかわからないが家にあるのだということでした。

毎年、1丁だけあるせんべい型で餅を焼いて、寒い時期に市に出る時は、ストーブで煎餅を焼いて、欲しい方にさしあげたそうです。それで、渡辺邸の小正月飾りに下がることとなったようです。


三國さんが焼いたお多福のせんべい(右)と新発田の菊谷さんの最中「お多福」

鍛冶屋さんが、自家用金型をつかって、まいだませんべいを焼いているとは、おもしろいと思いました。三國さんはその後、だんご木(まい玉)が飾られているところを見たと、写真を送ってくださったり、貴重なお話しをたくさん聞かせていただきました。

月潟のまい玉せんべいを焼く多屋さんには、刀鍛冶がつくったという古い金型があるとお聞きしたことがあります。明治になってから、刀鍛冶の副業などとして煎餅型も焼かれたのでしょうか? 菓子道具は、刃物類だけでなく、焼き印などもあるため、鍛冶屋の仕事とも密接です。

粉菓子の粉などに使う粉は、大きなせんべい型の大きなもので餅を焼いてから粉にする製法もありますが、機械製造が主流のなか、三条には、古来の製法を守っていらっしゃる粉屋さんもあります。三条名菓の「庭砂こう」のおいしさは、この粉に一因あると思っています。その粉をつくるお宅でも、まい玉の古い型をお持ちで、自家用に焼くとお聞きして、一度焼いていただいたこともありました。長岡市中之島の丸幸さんのまい玉の型と似ているモチーフが多いように思いました。

さて、新年の仕事はじめは、それぞれ流儀があることでしょう。三國鍛冶屋さんが、少し前までなさっていた仕事初めにつくる剣と蔵の鍵のお話しには、とても興味を持ちました。仕事場に祀られた神棚を囲むように、剣と蔵の鍵が並んでいるのが不思議でお尋ねすしたのですが、1年の技術の上達を祈ること、またこの2つには、鍛冶屋の技がすべて入っているため自分の技術をはかる意味もあったとか。

まい玉も剣も、人が生業に込める先人の願いのいちずさを感じます。


「お菓子の窓からのぞいたら」40回 新潟日報2016年1月12日掲載



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