冬の魔者  「お菓子の窓からのぞいたら」第36回

 

冬の魔者「クランプス」たち。左はチェコのパン細工。右2つはオーストリアの縁起菓子

(制作=オールべーグ・ビビエン、佐々木千恵美)

  

「悪い子はいねが~」

「泣ぐ子はいねが~」

1年を過ごすうち、知らず知らずのうちに身についた悪いものを祓い、福を招くために、ちょっと怖い思いをする。それは古今東西変わらぬ、お約束です。

特に寒い国では、大地が冷え切り、自然が活動を停止したかに見える真冬に、来季の実りや豊かさを約束しにやってくる、冬の魔者を待ち望んでいたものでした。日本でいえば東北地方、ヨーロッパならば東欧、北欧です。

12月6日の聖ニコラウスの日を中心に、スイス・オーストリアや東欧諸国では、冬の魔物「クランプス」が徘徊します。頭には角、口からは長く赤い舌をたらした仮面をつけ、ムチを手に持った、荒々しい自然を擬人化した存在です。クランプスが鳴らす白樺のムチのヒュンヒュンという音には大人も心が震えます。魔を祓い、福をもたらす音だからです。冬の魔者はキリスト教以前からのとても古い習俗で、来季のみのりや豊かさを約束する精霊でもあるのです。恐ろしく粗野な外見ながら、愛嬌のある冬の魔者たちは、縁起菓子にもなっており、実は子供たちにも人気です。

「悪い子はいねが~」「怠け者はいねが~」と、恐ろしげな大声をあげてやってくる秋田県のクランプス、いえ、「なまはげ」は、鬼のような面をつけ、手には鉈や出刃包丁、わら蓑を着て、稲わらを腰や脚に巻き付けた冬の魔者です。

家人は正装で迎え、家長が酒・肴などをふるまい、もてなします。「なまはげ」に捕まった子どもたちは恐ろしさに体全体で反応。「もう悪いことはしませえ~ん」と大泣き。そうした経験は、まともな大人になるには必要だったのでしょう。

家の中がひとしきり非日常の空間と化した後、残されるのは、「なまはげ」の落とし物の稲わらです。稲わらひとすじさえ、来季のみのりや豊かさを約束する「しるし」ですから神棚に供えました。


秋田の「なははげ」もろこし数種。通年販売されている

ところが、最近は「なまはげお断り」の家もあるそうです。すでに豊かな生活の中では、もてなしや掃除が大変だと思えて、ありがたくない訪問者となるわけです。迎えることに喜びがあった時代は、心が豊かだったのでしょう。

岩手県では冬の魔者を「なもみ」「すねか」などと呼びます。冬にぬくぬくと囲炉裏やこたつで怠けているとできる低温ヤケドをいう「ナモミ」とか「アマ」「アマメ」をはいで、懲らしめるからだそうです。「なまはげ」も「あまはげ」からきているとか。

実は去年まで、本県村上市にも「あまめはぎ」がありました。大栗田集落の「アマメ」はぎは、古くは、村の若者が担ったようですが、いつの頃からか、子どもたちが魔物に扮して、手にスリコギやおろし金を持ち、家々を回りました。帰り際には、お菓子やご祝儀などをもらいます。しかし、子どもが少なくなり、一時中断。その後、保存会の方々が続ける努力をされていましたが、去年で再度中断。事実上の廃絶となったようで、とても残念です。子どもたちが「あーまーめ、はーんぎましょ!」と唱えるの声を聞いてみたかったです。

村上ではまた、昭和の頃まで、子どもが、正月の縁起物「さくら飴」売りをしたと聞きました。

子どもたちは神さまのお手伝いをすることで、大人から一人前以上の扱いを受け、心を成長させたのです。

この頃、幼稚園行事にもなっているハロウィーンも古代ケルトに起源を持ち、「なまはげ」など豊穣を約束する来訪神と根っこは同じなのですが、心を震わせるものは抜け落ちているようです。

「いい子ばかりで、ヒマだ」と、冬の魔者がぼやいています。 


「お菓子の窓からのぞいたら」36回 新潟日報2016年12月8日掲載

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