牛の舌餅 「お菓子の窓からのぞいたら」第30回
おかしな名前、意味不明な名前の餅や菓子は、いろいろあるものです。たとえば「牛の舌餅」は、牛タンを思い浮かべそうで、ちょっとビックリしますが、日本ではなぜか神社の神饌に多いのです。
名前のインパクトのわりに、餅の形はそっけなく、単に楕円形、小判形、平たい棒状など。なぜ「牛の舌」などという名がついたのでしょうか。牛は農耕には欠かせない大切な相棒です。神さまには、最も大切なものを捧げてこそですが、豊作を祈り、毎年牛一頭を捧げるわけにもいかず、牛の舌をかたどった餅を代わりとしたのでしょうか。
「牛の舌餅」が重要な役割を果たす「オイケモノ」という神事があります。福井県小浜市の加茂神社で、旧暦1月16日に行う作占神事です。
まず、7種のタネモノ(野老、栗、榧、椎、ドングリ、銀杏、干し柿)を木箱に収めるのですが、そのタネモノをはさむように、上下に牛の舌餅を入れます。それを神域の土中に1年間埋めておきます。代わりに前年埋めた木箱を掘り出し、中のタネモノの芽や根の様子を見て、その年の農作物の豊凶を占います。千年にわたって続いているという神事です。タネモノを養うのが牛の舌餅なのでしょうか。日本各地の「牛の舌祭り」や「牛の舌餅投げ」などの神事のなかでも、最も象徴的です。
また、能登・七尾の青柏祭に供える餅菓子「ながまし」は、人身御供の代わりとされ、その形状は牛の舌ともいえます。おもしろいことに、生贄を要求した猿神を退治したのは、謎の、越後の「シュケン」だと伝わっています。
神社だけでなく、家庭の供物としても「牛の舌」が散見されます。県内の燕や新津の市史によると、旧暦五月節供に、笹の葉2枚ではさんだ平たい白餅をつくり、「牛の舌」「ベロ餅」「牛団子」などと呼んだそうです。今もつくられるお宅はあるでしょうか?
同じ五月節句につくる北海道の「ベコ餅」も、案外県内からの移住民が伝えた「ベロ餅」だったのかもしれません。
台湾にも「牛舌餅」があります。今月、東京へ遊びにきた台湾人に友人を通し、牛舌餅をリクエストしました。中国で「餅」は小麦粉製をさします。今回はパリパリと薄いタイプでしたが、少し厚みのあるタイプもあり、2つの町の牛舌餅が有名だそうです。
牛舌餅は、マカオでは切手にもなっています。ボルトガル語表記は、まさに「牛の舌」。香港、広州にもあるようです。日本との違いは、どこも真ん中に切れ目があることです。なにより知りたいのは、日本のような供物的事例があるのかです。
このように「牛の舌」を考える時、気になる祭礼があります。京都最古の寺院とされ、聖徳太子や秦河勝ゆかりの太秦・広隆寺で10月12日に行われる「牛祭」です。奇妙な紙の面をつけた摩多羅神が牛に乗り、暗闇を練り歩きます。
神さまが牛に乗るといえば、インドでは破壊と再生のシヴァ神(別名は大黒天・マハーカーラ)が牛に乗り、日本では天神が乗っています。
越後国上山には、摩多羅神ならぬ、摩多羅天神を祀る社がありました。8年前、越後最古の国上寺の御開帳に出かけ、宝物館では「国上山古地図」上に社の位置も確認できました。本堂では、ご本尊の阿弥陀如来像以下多くの尊像が並び、天神像のほか、怒り天神か摩多羅神かと見えた聖徳太子像もお出ましでした。本県では、天神を新暦・旧暦1月に祀る家が多いこともあり、国上寺に摩多羅天神が祀られ、旧暦9月17日に祭礼も行われていたことは、意味深く思います。その国上寺と一体だった弥彦神社の正月の餅飾り「三光之飾」の古図には、棒状の「砥餅」もみえます。そして、その砥餅の別称が「牛の舌餅」なのです。
「お菓子の窓からのぞいたら」第30回 新潟日報2016年10月27日掲載
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