砂糖人形の型 「お菓子の窓からのぞいたら」第5回 新潟日報2016年5月5日掲載

 
燕市分水の横田屋さん製。無彩色・非売品。


 

お菓子屋さんの倉庫で長い間眠っていたという型をいくつか見せていただく機会がありました。なかでも聖母子のような型は、その人形にこめられた願いを知りたくもあり、わがままを言い、抜いていただきました。

お店でも初めて抜く型なので、色はわからないとのことで、無彩色のままの仕上げていただいた人形は、砂糖のみでできています。このような砂糖細工は、新潟県内では「氷菓子」とも呼ばれましたが、今は全国的に「金花糖」と呼ぶと通りがよいようです。  

この砂糖人形(金花糖)を抜く型は、素焼き土器製で、「土型(どがた)」と呼ぶそうです。日本では木型が主流なので、現在も焼きもの型を使うのは、新潟県と佐賀県だけになりました。

新潟県といっても、今のところ私が確認できた焼きもの型の使用は燕市分水だけです。型の産地・作者はわかっていません。

一方、佐賀県の方は、唐津の瓦型や、武雄市西川登(弓野人形)の素焼き陶器型というように、瓦や土人形の産地で焼かれたことが、型の裏書きにより確認できました。日本では、瓦職人が土人形をつくる例は多いので、土人形との関係にも興味を持っています。

というのも、ドイツ・マイセン窯の初期においては、型をつくる職人が、砂糖人形と磁器人形のどちらの型もつくっていたからです。

初期のマイセンやセーブルの磁器人形は、無彩色、無釉薬の白いもので「ビスキュイ」と呼ばれました。砂糖人形こそが先にあり、その美しい肌に似せて、磁器で代替品をつくったためでした。マイセンの砂糖人形についてはまた別の機会に詳しく書こうと思います。


水に濡れた状態の土型(合わせ型)。販売は2月の天神さまの時期のみ。
型は兎を抱く男の子()と本を読む女の子()

世界的にも木型が多いなか、日本以外で、焼きもの型を使うのは、前回書いたメキシコです。シチリアでは、現在石膏型を使っています。他に陶器型を使うシチリア菓子もあることから、最初から石膏型であったかは不明です。しかし、石膏は水をよく含むので、実はとてもいい素材なのです。

砂糖人形の製法は、型をあらかじめ水に浸し、型の表面をなめらかな水の皮膜が覆った状態にしておきます。そこへ、沸騰する摺り蜜のような砂糖蜜をあふれるほど流し込みます。すると、流した瞬間から水を含んだ型に接した部分がすぐに固まり始めます。一呼吸おき、型を逆さにして余分な糖液を鍋に戻し、中を空洞に仕上げます。砂糖人形は中空で、その作業は、チョコレート人形にも通じます。

16世紀からの大航海時代に世界中に伝播した砂糖人形が、日本以外にもある確証を得る機会はなかなかありませんでした。ところがある日、イタリア映画「みんな元気」を観ていると、ふいにそのチャンスがやってきたのです。 

映画はマルチェロ・マストロヤンニ扮するシチリアに住む年老いた父が、久しく会っていない都会で暮らす子供たちに会いに行くという話でした。冒頭、シチリア土産を大切そうに荷造りするシーンで、そのお土産がアップで映し出された瞬間、すぐにそれが砂糖人形だとわかりました。それらは旅の途中で落としたりして割れていくのですが、その割れる音やカケラからも確信できました。そして、最後に訪ねたローマの息子の家では、孫娘が「うちにもたくさん」と指さす先の飾り戸棚には、ずらり砂糖人形が並んでいたのです。マストロヤンニは茫然、私はひとり感激の場面でした。

映画のなかの砂糖人形は、古きよきシチリアを託されているようでした。

「お菓子の窓からのぞいたら」第31回 新潟日報2016年5月5日掲載 


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