いとおかし*筑後吉井の七夕麦菓子

いとおかし*筑後吉井の七夕麦菓子」2014.8 より転載 © le studio  massako mizoguti 
筑後川を挟んで向かい合う福岡県朝倉市甘木・杷木や、うきは市吉井などの地域では、
子どもが7歳(小学1年生)になると「初七夕」を祝います。
七月七日に七歳の祝いをするというわけです。
この家庭行事には「七夕菓子」と、ツル付きの大きな「七夕西瓜」の贈答が欠かせません。

旧暦七夕が近づくと、お菓子屋さんは「初七夕」を祝うための
「七夕麦菓子」や落雁、金花糖を詰めあわせた七夕菓子をつくったものでした。   
しかし今では子どもが少なくなり、お菓子屋さんも減り、
うきは市では「とくど屋」さんがつくるだけになってしまったようです。

筑後川流域に点在する、旧暦七夕(実際は月遅れの8月7日)の「七夕菓子」を、
いけばな小原流会員誌『挿花』に連載中の「ふるさとのお菓子を訪ねて」に取り上げました。
その取材にうかがった4月に、とくど屋さんにお送りいただくようお願いしてきたので、
8月7日が近づくのを楽しみに待っていました。

「七夕麦菓子」は薄く伸ばした甘い小麦粉生地に食紅で絵を描き、フリーハンドで切り抜いて焼きます。
鯛、お相撲さん、筆、短冊、西瓜、彦星、茄子、桃、ひょうたん、巾着、どらえもんなどのモチーフがあり、
七つ(七種)で一袋として売られています。
なんとも素朴で愛らしい郷土のぬくもりにあふれた祝い菓子です。
昔はパン屋さんでもつくるほど売れたものだそうです。
朝倉市でも1、2軒つくるところが残るようですが、
七種の袋入りだったり、子どもの半身ほどのお相撲さんなどの注文があったりと
地域や地区により、飾りかた、贈りかた(昔はお嫁さんの実家から贈られた)もいろいろなようです。

七夕には、小学1年生の子が、大短冊のような和紙に、大きな筆で
「奉七夕」「天の川」「ひこぼし」「七夕さま」などを大書します。
それを座敷の天井から飾り、贈られた西瓜や菓子を供えます。
家族で祝ったあとは、切り分けた西瓜や菓子を載せたお盆を持った子どもが、
親戚や近所へ返礼に歩いたものだそうです。

お隣の田主丸ではこの麦菓子を八朔に贈っていたようで、途絶えた「博多八朔」や、
現在も行われている遠賀郡芦屋町や糸島市の「八朔節供」(初節供)とも通じるところがあります。
七夕も八朔も、笹竹と短冊が、祓いと願いを兼ねた重要なアイテムのようです。
しかし、七夕西瓜の稔らない新暦7月に行うところもあり、行事のありようも変わってきています。

お相撲さんのような強く立派な大人になりますように!
七夕麦菓子に穴があいているのは飾るためとも、焼く時の空気抜きとも言われているようです。
左の折敷には甘木から持ち帰った七夕菓子(落雁)も供えました。
本来ならば、ここにツル付き(ひとつだけ大きく育てた)の大きな「七夕西瓜」も供えるのですが・・・。

ちょうど盛りの梶の葉を摘んできて吊しました。
祝いが終わると、笹竹は川に流したり、山へ持って行き、桑の木にくくりつけたとか。
なぜ桑の木かと聞くと・・・「くわしく教えて」・・・!

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